文化協会について

沿革

泉大津市文化協会の設立経緯
 敗戦後、我が国は日本国憲法を制定し、教育基本法も全面改正して新たな文化国家再建を目指し、国は全国の各市町村に文化協会設立の要請を出しました。泉大津市では昭和24(1945)年に納谷長三郎市長が、これに応えて友永謙二氏(初代教育長)を通じ、漢学や俳句、茶道などに才長けた文化人の吉田玉鳳氏を初代会長に起用、以後文化協会の先輩諸氏が連繋しながら泉大津市の文化発展のために尽力され現在に至ります。

文化協会の当初の事業
 文化協会の事業の第一歩は、泉大津市美育研究会と共催した「泉大津の商店街を描く写生大会」や「生徒競書会」で、市内各小・中・高校が参加して大々的に催されました。そして市制10周年の昭和26(1951)年には、第1回「文化祭展」が、教育委員会と文化協会の共催で戎小学校講堂で行われました。内容はお茶会や華道、学童展などでしたが、こうして戦後の日本が復興に邁進する一方で、我が市の文化活動も動き始めました。

文化協会の周辺 
昭和29(1954)年に「第6回西日本図画工作大会」が行われ、市を上げての研究大会になりました。この取り組みが、その後「美育の町泉大津市」として全国に名を馳せることになります。そして昭和37(1962)年に「泉大津美術家クラブ」(後に文化連盟と改称、現在休会)が誕生し、「市展」などで美術や芸術が一般にも波及、「文化祭」もますます盛大になっていきます。それは戦後日本の経済が高度成長する中で昭和47(1972)年に市民会館が落成された頃に一つのピークを迎えることになります。

現在の文化協会の活動
 年間の主な事業は春と秋の社会見学・歴史探訪・歴史講和・会員作品展・文化祭などで、現在18部会ありますが、各部会では市内の保育所や幼稚園、小学校の支援ボランティアに積極的に協力し地域社会に貢献しています。 文化協会に求められるのは先輩諸氏の教えを継承発展させ、現在を取り込んだ文化活動を押し進めることだろうと考えます。キャッチフレーズの『文化協会で広がる4つのチャンス』(親睦の場・教養の場・創造の場・発表の場)で若年層も参加しやすい文化協会を目指しています。現在18部会で会員数は410名です。

・文化協会の部会 ・文化協会の行事 ・文化協会だより  泉大津市の名所旧跡  ・会員ニュース ・入会のご案内
もご覧ください。

組 織

泉大津市文化協会事務局
泉大津市教育委員会生涯学習課 0725(33)1131

文化協会創立70周年記念大会開催

 令和元年5月11日・テクスピアホール で多くの来賓を迎え「泉大津市文化協会創立70周年記念式典」を開催しました。また、将来の資料とするために 広報部で 1年をかけて、泉大津市文化協会70周年記念誌(B5版・66頁)を制作・発行しました。

創立70周年記念大会式典

 文化協会創立70周年記念大会は、令和元年5 月11日・テクスピアホールで開催しました。オープニングと第2部のアトラクションではステージ部所属の各部が舞台で華やかに演じ、記念大会を盛り上げました。

日本舞踊部によるオープニング・

文化協会創立70周年記念誌を上梓

泉大津文化協会創立70周年記念誌(B6版・66頁)

会 則